父の遺言

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なぜ あの日 父はわたしに

善光寺へ行きたい」などと 呟いたのだろう

 

 

父が 神社仏閣を信仰している姿など、わたしは見たことがなかった。

 

 

ただ、毎朝 実家の神棚に手を合わせている姿だけは

覚えている。

 経営者でもあったわけだから

それは それで当たり前だと思っていた。

 

 

 

父が亡くなって 随分とたってから

善光寺」という その言葉は 

まるで父の遺言のように わたしのこころに響いてきて

ある日のこと 

わたしは、駆り立てられるような想いで 長野へ向かった。

 

 

 

 

それは

前回の御開帳が終わったばかりの6月のことだった。

 

 

 

お参りを終えて帰宅した その翌日のこと。

わたしは会社を 突然 辞めることになった。

 

 

その日を境に

わたしの人生は 目まぐるしく変化し続けた。

 

 

 

目が回りそうなくらいに

回転し続けた。

 

 

 

 

人生は 思いもよらないことの連続だ

 

 

だから 楽しめばいいい

今のわたしは ほんとうにそう思っている

 

 

 

 

 

あの日から 大きくすべてが変わったことを思うと

やはり「善光寺」は 父の遺言だったように想う。

 

 

 

 

父の特別法要のため

昨日から 長野・善光寺に来ています。

 

http://www.gokaicho.com/

 

 

 (*写真は、昨年の善光寺

❦ tina

 

 

 

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