底のない桶

 

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「底のない桶」

 

禅の修行のたとえで使われるお話のひとつです。

 

 

あるお金持ちが跡取りに恵まれず

養子をとることになった際に、せっかくなら、孝行息子を選びたいと

「底のない桶で井戸の水を汲め」と問題を出したのだそうです。

 

 

諦めた人間が多い中で、たったひとり

一生懸命 その桶で水を汲んだ 青年がいたそうです。

 

 

一生懸命汲んでいれば、底のない桶でも

水滴ほどの水がつき しずくが溜まっていったというお話です。

 

 

禅の修行は 大判小判がザクザクと取れるものではなく

底なし桶で水を汲むがごとく、一見なにも入らないように見える。

しかし、何事も一生懸命やっていれば、自分でも気づかないところに

ほんの一滴でもたまっているものがある。

ふと気づいたならば、その何かたまっていたものに自分のこころが

潤されているのです。

 

~北鎌倉円覚寺・横田南陵管長さまの法話より~

 

 

 

 

人の生も 丁寧に 一生懸命生きることで 

気づけば その人の目に見えない財産ともいうべき力が 

深いところに たまっていくように わたしは思います。

 

 

 

 

❦ tina

 

 

 

 

 

 

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